コンテンツ雑記

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他人の本音が聴こえる『椎の実』はSNSと似ている。藤子・F・不二雄SF短編ドラマ「テレパ椎」

 藤子・F・不二雄SF短編ドラマ「テレパ椎」。兎にも角にも、主演の水上恒司の顔とスタイルが良い。良すぎる。原作の主人公と同様にタートルネックとチェック柄のスーツを着た結果、どう考えてもイラストレーターより芸能人の仕事の方が向いている男が誕生してしまった。

 それでも容姿という才能を無視してアルバイトをしながらイラストレーターの夢を追っている男が「テレパ椎」の主人公、鳥留梨男(水上恒司)だ。

 鳥留は連絡も無しに新婚夫婦で暮らしている友人の家に昼間から上がり込み、夜になるまで酒を飲んでベロベロに酔って居座り続ける。イラストレーターとして売れていないくせに原稿料が入ったら返すと言って弟に金を借りる。ちなみに家賃も延滞している。彼は周囲に迷惑をかけている自覚を持ちながら、みんなが自分に優しくしてくれる善良な人たちだと信じていて、自らの行いを改善しようとしない(改善しようと思ってもできないのかもしれない)。鳥留梨男はそんな男だが、愛嬌があることは確かだ。そして顔とスタイルが良い。

 だからこそ鳥留の友人の与脇が心の中で呟いた「こいつの無神経さにはみんな迷惑してるけど、この顔見るとなにも言えないってのは一種の人徳かなぁ」という台詞にツッコミを入れたくなってしまう。鳥留梨男の無神経さが許されているのは人徳というよりも愛嬌と整った顔のおかげだろう。むしろ与脇はそれを『一種の人徳』と捉えているのだろうか。たぶんドラマ版「テレパ椎」の鳥留梨男は、周囲に迷惑をかけながらも愛嬌と顔の良さで人生を乗り切っている。

 鳥留は友人の家からの帰り道、酔っ払いながらこんなことを叫ぶ。

 (思い返せば、今までいろんな人に迷惑かけてきたよな。友達にも家族にも。でもみんな、嫌な顔一つしないで助けてくれたもんなぁ。)「みんなみんないい人、ばっかりだ~~~!!!」

 もはや凄まじい。どれだけ人間の善性を妄信しながら生きてきたんだ。

 そんな鳥留梨男が拾う『テレパ椎』という謎のどんぐり。通常のどんぐりと比べたらデカすぎるし人工的に作られた物のように見える(ドラマのために作られた小道具だから当然だ)。

 『テレパ椎』からは他人の心の声が聞こえる。建前の裏に隠された本音。愚痴。悪口。暴言。欲望。嫉妬。絶望。本人も知らない潜在意識。あらゆる心の声が、否応なしに耳の中へと流し込まれる。無数の声に消耗した鳥留は『テレパ椎』を捨てる。しかし、彼は誘惑に駆られて一度捨てた『テレパ椎』を再び拾ってしまうのだ。

 鳥留は『テレパ椎』を持って友人の与脇の家に行く。そして彼は酷くショックを受ける。自分にとても優しくしてくれた友人たちは、実は鳥留のことを心底「うっとうしい」と思っていたのだった。

 ろくなことにならないと分かっていながら、鳥留が『テレパ椎』を持って友人に会いにいってしまう気持ちは理解できる。SNSで友人の裏アカウントを見つけて、その内容を読んでしまうのと同じことだ。友人の裏アカウントを見つけたら、仲良くしてくれている友人が本当は何を考えているのかを知りたくなってしまう。本音を知ったら傷付くかもしれない。不快になるかもしれない。友情にヒビが入るかもしれない。最悪、死にたくなるかもしれない。それでも確かめたくてたまらない。

 つまり『テレパ椎』とは、SNSのようなものである。鳥留は『テレパ椎』を手に入れて「世の中が変わって見えた」と感じていたが、実のところ、現在の社会は既に変わってしまっているのだ。

 このドラマで鳥留が『テレパ椎』によって聴いた、原作漫画では描かれていない他人の心の声を抜粋してみる。

 「なんで俺ばっかりがいつも尻拭いしなくちゃいけないんだよ」

 「無能な上司がいると苦労するわ」

 「あんなやつこの世からいなくなればいいのに」

 「もうほんっと疲れた。このまま消えてしまいたい」

 これらは全て、SNS上に溢れている匿名(または半匿名)の言葉に似ていないだろうか?

 鳥留梨男は、他人の心の声が聴こえる『テレパ椎』を「社会の解体をたくらむ何者かが投じたものなのではないか」と想像する。『テレパ椎』≒SNSならば、SNSが発達した現在の社会は、「解体されつつある」のではないのだろうか。

 「分断の時代」という言葉がある。主義主張の異なる者が対立し、激しく攻撃し合う時代。自分と立場の異なる他者を理解しようなどハナから思わないし、思えない。現在の日本で「分断」が起きているのは、SNAによってあらゆる人間の本音が発信され、自分の本音を隠さなくても良いという価値観が広まったことが一因だと考えられる。

 物語のラストに、鳥留は「善意に包まれてぬくぬくと居心地のよかったあの世界は二度と帰ってこないのだ」と独白する。これはSNSを利用している多くの人が感じたことではないだろうか。

 1980年に短編SF「テレパ椎」を描いた藤子・F・不二雄先生は、このような未来が到来することを予想していただろうか。藤子・F・不二雄先生が漫画の中で描いた鳥留の考えに則れば、SNSを日常的に利用するようになった人類は、きっと破滅に向かっている。

 人類は『テレパ椎』を手放すべきだ。人間の悪辣な本音が氾濫しているSNSからはなるべく離れた方がいい。匿名で言葉を発信するよりも、生身の人間に会い、面と向かって対話をした方がいい。立場の異なる他者を理解し、互いに歩み寄って、より良い社会を作り上げるための対話を。それでもなお、解決が難しい問題が多々あることは承知している。しかし、本音の悪意を晒し合う世界よりはずっとマシだということを信じたい。

 個人的にこのドラマで一番好きなシーンは、鳥留の思い付きで『テレパ椎』を仕込まれた鳥留の弟の栗男(岡崎体育)とその結婚相手の桃絵(豊田望生)がお互いの本音を知ってバチボコに喧嘩をするところだ。この時の「知ーらね」といった感じの水上恒司のポーズと表情が漫画すぎる。もちろんここは原作漫画のコマの再現なわけだから漫画すぎるのは当たり前なのだけれど、この水上恒司のアホ面がとても良い。きっと鳥留梨男は一生周囲に迷惑をかけて生きていくんだろうな。刃物で刺されない程度に図太く人生を謳歌してほしい。

 鳥留、どうかTwitterはやらないでくれ。でもInstagram等で自分のイラストを公開するのは良いかもしれない。あれ……結局SNSから離れられていないな……。

 

2023/6/12追記

国語辞書編纂者の飯間浩明先生が似たような話をしていたのでシェアします。

 

約4ヶ月振りにリングフィットアドベンチャーをした

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4ヶ月振りにリングフィットをした。

2月15日以降、やらなくなってしまった理由は多岐にわたる。メンタルの不調とか諸々だ。

リングフィットをやらなくなると、すぐに筋肉は衰える。

まず、ふくらはぎの筋肉が落ちる。次に尻の筋肉が落ちる。さらに背中の筋肉が落ちる。ついには腹の筋肉が落ちていく。

筋肉が落ちると身体機能に支障が生じる。

歩くとすぐに疲れてしまう。姿勢が悪くなる。肩こりや背中のこりが酷くなる。

それ以上につらいのは、今までリングフィットをすることによって獲得した自信を失ってしまうことだ。筋肉が落ちるのに従って、自己肯定感がどんどん地へと落ちていく。

去年の夏は楽しかった。毎日リングフィットをして、脚に、尻に、腹に、腕に、筋肉がついていくのを実感するのが幸せだった。己の肉体が強く逞しくなっていくことが嬉しかった。

その頃ファンになった役者が筋トレに傾倒している人間だったというのもあって、筋トレへのモチベーションは非常に高かった。

俺もあの人みたいになりたい。多分、マジのジムとか行ってベンチプレスとかチンニングとかしてプロテイン飲んで鶏のささみ食べないと無理だけど。自分なりに、リングフィットで行けるところまで行ってみたかった。

それが今は何だ。リングフィットをやらなくなった。リングフィットをやらないのは停滞ではない。後退だ。鍛えた筋肉が落ちていくのだから。

2月から4月頃まで、リングフィットをやらなくなっても他のことはしていた。文章を書くとか、本を読むとか、そういうことはできていた。

だが5月に入ってからは変わってしまった。動けない。何もやる気になれない。文章もほとんど書けなくなってしまった。やりたいことは山積みなのに、何にも手につかない。

今は6月。一年の半分が過ぎた。一日一日はとても貴重なのに、5月のほとんどを何もせずに使い潰した。後悔が止まない。

何かをやらないといけない。そうでないと人間として死んでしまう。なんとかPCを立ち上げて、文章を書いてみようと努力した。椅子に座ってキーボードを打つ。うまい文章が組み上がらない。いつの間にか、背中の筋肉が悲鳴を上げている。以前まではこんなに背中が痛むなんてことはなかった。尻と背中の筋肉が落ちたから姿勢が悪くなって、背中に強い負荷がかかるようになったのだ。

そこまでの事態になってようやく危機感を覚えた。自分はリングフィットを再開しなければならない。

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久々にリングフィットを起動した。ストーリーモードは最終面の手前まで来ていたが、ブランクのある状態でいきなり重い終盤のステージをプレイすることは自殺行為だ。

なので、自分で行う運動を設定できるカスタムモードから始めることにした。

プランクや船のポーズなどのハードな運動は避ける。手始めにジョギング。ストレッチ。肩こりを解消する運動。下半身を鍛えるスクワット。運動した時間は、たったの8分49秒。それでも終わった後はゼエゼエと息が上がった。そもそも最初のダイナミックストレッチの時点でキツかった。

備忘録もかねて今回行った運動をまとめた画面のスクショを貼っておく。

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身体は完全に衰えていたが、久しぶりにリングフィットができたという事実が嬉しかった。何もできなかった自分がようやく行動を起こすことができたのだ。これをどうにか続けたい。再びプランクや船のポーズをして、全身の筋肉を鍛え直したい。

自己肯定感を取り戻すための長い戦いが再び始まった予感がした。

きっともう一度、徒歩での移動もデスクワークも苦にならない強い肉体を手に入れてみせる。

頑張ります。そして俺も山本耕史になります。無理だけど。